鬼龍院翔のきっかけは母親のプレゼント。聴覚障害の彼女により派手なパフォーマンスが生まれた

「女々しくて」が大ヒットとなったゴールデンボンバー。
そこでボーカルを務めている鬼龍院翔ですが
一体どうやったらこんな個性的な人物になるのでしょうか。
その秘密は両親にあるようです。

音楽への道を進めるきっかけを作った母親

鬼龍院翔は中学時代、不良というかやんちゃでした。

中学2年生の12月のある日、非行で捕まった時がありました。
補導されて以来、ずっと家にふさぎ込んで何もする気がしない日々が続いていたある日のことです。

息子を突き放すことなく見ていた母は、
ちょうどクリスマスと時期が重なったある日、小さめのキーボードを彼に買ってあげました。

彼には、何の意図が込められているのか分かりませんでしたが、
彼はそのキーボードの虜になったのです。

その時の彼に対する母親の精一杯の愛情表現だったようです。
母親は言葉にはしませんでしたが、
何とか立ち直って欲しいという気持ちがそのキーボードには込められていたのです
。
鬼龍院翔はそれ以来、音楽を本格的に始め、
また音楽をやることが母親の愛情に応えることだったのです。

母親とは言葉を交わすことはなかったのですが、
音楽をやることによって母親と言葉を交わしていたのです。
母親は息子のことをこう言っています。
「本当は優しい子なんです」と。

派手なパフォーマンスが生まれた理由

今、彼が音楽で生活できるようになったのも
母親の隠れた愛情があったからです。

彼は派手なパフォーマンスをやっていることから
性格も派手だと思われがちですが決してそうではありません。

母親が息子のことを優しいと言っているのにはちゃんとした理由があるのです。

彼が、音楽で飯を食っていこうと家を出て生活を始めた時、
ある女性と知り合いました。

その女性は聴覚障害者だったのですが、
なんとか思いを伝えようと必死に身振り手振りを使ってコミュニケーションを図りました。

もしかするとあの大げさなパフォーマンスが生まれた背景には
彼女を喜ばせようとした意図があったのかもしれません。

その息子の優しさを小さい頃から接していた母親は見抜いていたのかもしれません。
今、彼が音楽を始めるきっかけを与えたのも母親で、
またある意味音楽で成功したのも母親のおかげと言えるでしょう。

鬼龍院翔の母親は昔の日本の母親像を思い起こさせます。
何も言わずに見守っていて陰で息子の成功を喜んでいるそんな母親なのですね。

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