羽生結弦はフィギュアスケートを続けるために、家族から支えられ続けていた

羽生結弦はフィギュアスケートを続けるために、家族から支えられ続けていた

ソチオリンピックで金メダルを獲得した羽生結弦。
その容姿から女性のファンも多い彼ですがいったいどんな環境で育ってきたのでしょうか。

一般的な家庭で育った羽生結弦

羽生結弦の家族は父親、母親、姉、羽生結弦の4人家族です。
父親は石巻市にある中学校の教頭先生で、母親はスーパーのレジ打ちのパートをしていました。

父親が学校の先生ということを除けばいたって一般的な
いわゆるふつうの家庭で育ってきたようです。

スケートを続けられたのは家族の支えがあったから

フィギアスケートを続けるには、とてもお金がかかります。

例えば、衣装だけでもショート、フリー、エキシビジョン用の3着が必要になります。
それぞれ既製品であれば1着15万円、デザイナーに依頼すれば100万円はかかるそうです。

そんな衣装について羽生結弦の母親は手作りしていたようです。
また、他にもコーチ代、シューズ代、リンク貸切代等お金は相当かかります。

それを支えているのが、家族です。
4歳年上の姉はコンビニでアルバイトをして少しでも、フィギアスケートの経費にしているそうです。

また、父親は仕事が終わった後、車で練習場へ送っていたようです。
「フィギアスケートはお金がかかりますが、これも一つの教育です。」と父親が述べています。

更にフィギュアスケートによってたくさんのお金がかかる環境の中、
少しでもお金を節約する為羽生結弦の髪は母親が切っているそうです。

また、羽生結弦が携帯電話を未だに持っていないことから、
フィギアスケートの為に節約生活をしていることが分かります。

一般の家庭で決して裕福ではない環境の中でフィギュアスケートを続けてこれたのは
そうした家族の支えがあったからといえそうです。

東日本大震災で被災した時も家族の支えがあった

羽生結弦の自宅は東日本大震災で全壊しました。

震災直後の4日間は避難所の畳一枚に家族4人、毛布1枚の生活を送ったそうです。
羽生結弦はその頃生活で精一杯なのに、なんでスケートをやっているのかが分からずやめようかと思いつめたそうです。

しかしそれを乗り越えてソチ五輪で金メダルを獲得しました。
そしてその金メダルを獲得したことによって受ける報酬金600万円を大震災の地元被災地へ寄付すると宣言しています。

このことについて父親はこう話しています。
「寄付は本人が言いだしたことです。何も、親がそうしろと言ったわけじゃないんですよ」

父親の務める中学校も被災し、教え子の為に一生懸命尽くす姿を見て
羽生結弦も被災した地元の為に何かしたいと思ったのではないのでしょうか?
これまで支えてきてくれた家族や地元への恩返しといった意味が込められていそうです。

羽生結弦はフィギュアスケートを続けるために、家族から支えられ続けていたに関連する芸能ギャップ記事